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みやのとはずがたり

みやがつれづれなるままに語ります(主に歴史、古典文学、神社仏閣ごと)。

2016/6 王家の谷へ②

①の続きです。

敏達天皇陵のあとは、叡福寺へ。


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叡福寺の中には、
聖徳太子墓があるのです。

聖徳太子は、
推古29(621)年に亡くなったあと、
母の穴穂部間人皇女を中心に、
西に妻の膳郎女、
東に聖徳太子と、
葬られたと伝わっています。


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聖徳太子といえば、
冠位十二階と十七条憲法が出てくるあたり、
私は受験の日本史に毒されているような気がします。


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個人的には、厩戸皇子と呼ぶのが好きだし、
妻である蘇我馬子の娘・刀自古郎女との
関係がとても気になるのです。


聖徳太子ゆかりの、
法隆寺からこの聖徳太子墓まで、
命日に歩いて聖徳太子をしのぶ行事があるそうです。
いつか参加してみたいです。
(体力が心配)




追伸

大宮院の分骨所がありました。
一気に『とはずがたり』の世界に。

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