みやのとはずがたり

みやがつれづれなるままに語ります(主に歴史、古典文学、神社仏閣ごと)。

2016/6 王家の谷へ

2016/6 王家の谷へ⑩(おまけ編)

最終回になります。 ⑨の続きです。 夕方になりましたが、 最後は通り道の箸墓古墳へ。 何度訪れても、好きな陵。 この日は、本当にハードスケジュールで、 王家の谷から、 他の陵墓をまわりました。連れて行ってくれた、友人。 改めてありがとう!!

2016/6 王家の谷へ⑨(おまけ編)

まだ続きます。⑧の続き。さて、舒明天皇陵から、 またまたまたまた(友人が)車を走らせ、 後村上天皇中宮・顕子陵へ。 後村上天皇は、後醍醐天皇と阿野廉子の息子。 南朝の天皇です。中宮・顕子は、北畠親房の娘だそう。なぜ、ここに陵があるのかわからない…

2016/6 王家の谷へ⑧(おまけ編)

⑦の続きです。崇峻天皇陵から またまた(友人が)車を走らせ、 舒明天皇陵へやってきました。 舒明天皇といえば、 皇極天皇の夫ということしか よく知らないみや。お母さんと一緒に眠っているんですね。 参拝後、 陵の階段を降り、道を行くと、 鏡王女の墓が…

2016/6 王家の谷へ⑦(おまけ編)

⑥の続きです。飯青天皇陵から (友人が)車をぶーんと走らせ、 崇峻天皇陵へ。 崇峻天皇は、 舒明天皇の皇子。 用明天皇、推古天皇の異母弟。 ちなみに、穴穂部間人皇女の同母弟。 陵内に建物がありました。 「なに?」と友人と騒ぎまくる私。 崇峻天皇は、…

2016/6 王家の谷へ⑥(おまけ編)

⑤の続きです。 王家の谷をあとにした私たち。 (友人が運転する)車で、 崇峻天皇陵へと向かいます。 その途中で、 友人が「天皇陵があるよ!」 と連れて行ってくれたのが 飯青天皇陵でした。 実は、みやは二回目です。 飯青天皇は、 今、歴代天皇には数えら…

2016/6 王家の谷へ⑤

④の続きです。 またまた推古天皇陵から (友人が)車を走らせ、 駐車場がなく彷徨いながら、 孝徳天皇陵へ。 階段を上りますよ。 陵墓らしい、 歩きにくい階段に、みやはへろへろです。 孝徳天皇は、皇極天皇(斉明天皇)の弟。 大化改新で、 皇極天皇が譲位…

2016/6 王家の谷へ④

③の続きです。用明天皇陵から、 (友人が)車を走らせ、 推古天皇陵・竹田皇子墓へ。 方墳だそうです。先に亡くなった息子の竹田皇子と 共に眠ることを願ったとされる推古天皇。 日本史上、初の女性天皇であると されています。敏達天皇の皇后である彼女。 …

2016/6 王家の谷へ③

その②の続きです。聖徳太子墓にほど近いところ(車でですが)に、 用明天皇陵があります。 方墳だそうです。 参道はとても短く、すぐ拝所です。 用明天皇は、 欽明天皇と蘇我堅塩媛の間に産まれました。 異母妹の穴穂部間人皇女との間に、 聖徳太子をもうけ…

2016/6 王家の谷へ②

①の続きです。敏達天皇陵のあとは、叡福寺へ。 叡福寺の中には、 聖徳太子墓があるのです。聖徳太子は、 推古29(621)年に亡くなったあと、 母の穴穂部間人皇女を中心に、 西に妻の膳郎女、 東に聖徳太子と、 葬られたと伝わっています。 聖徳太子といえば…

2016/6 王家の谷へ①

一年ほど前になるんですね!! びっくり。 時が流れるのは早いです。友人に、 「聖徳太子墓に行きたい!!」 と、騒ぎまくり、 優しい友人は、太子町にある、 王家の谷へ連れて行ってくれました。飛鳥時代の天皇が多く眠る王家の谷。まず、敏達天皇陵へ。 入…